同じ志をもって一つの方向に向かうとき
そこに集う人と人との関係には
何とも不思議なご縁があるのを感じます
20年以上前の友人であったり
全く知らない人であったり。
けれども「今ここに集う御縁」というのは
不思議なご縁であり、
絶妙な巡りあわせでもありますが、
もうずっと前から分かっていたかのように…
必然であるのだなぁと思います
ふっとある言葉が目に入りました。
「天・地・人」です。
気になったのは
「天の時、地の利、人の和」のこと。
孟子の言葉の一節だそうで
戦略を捉えた意味が深いですが
捉えようによっては、
また違う気付きがあります。
「天の時、地の利、人の和」
それにはすべて”縁”があって結ばれます。
個々人の”人生の華を咲かす”にも
とても重要だと思いました。
個人的主観です
①天の時は種を植える時
②地の利は植える土壌
③人の和はその種を育てる人(環境)
①種自体は、みんな持っていますが
もっと深い意味で
”魂の奥底にある本来の種”です。
それに気付く”時と御縁”
それは年齢ではなく、
自らの人生にとって転機の”時”。
真の神仏との”縁”には、
ご先祖様による縁・天縁があります。
②土壌の選択が重要であること。
整った善き土壌であることは重要です。
人生においても同じです。
③人との関り。
付き合う人によって変わります。
(恩師や仲間)
この3つが和してこそ、華となり
実りとなるのだな…と
日々学びです
より多くの人の人生の華を
咲かせることにおいて
改めて必要であることを思うのです。
そのものだけで、成せるものはなく
”縁”による関わりがあってこそのこと。
その”縁”とは、見えない繫がりによって
引き寄せられ、また引き離されますが
強い意思があれば掴めますし
意思が無ければ流されてしまいます。
目先の事だけに囚われて
一喜一憂しているうちに
尊い「天の時、地の利、人の和」に
気付けず、人生の時は過ぎていきます。
意識がなければ、
過ぎたことも分からないかもしれません。
今のこの”時”は、特に
自分だけの人生でなく、
ご先祖様の魂がかかっています。
彷徨う魂とは、
浮かばれない御先祖様だけでなく
子孫である自身の、内外の姿に
繋がっています。
私達は遥かな時を経て、
生命として繋がり、その全てが
流れて集まっている存在であると
意識を持つことが重要です。
人生と永生、未来永劫まで
福をもたらすことのできる
「天の時、地の利、人の和」の縁は
ここにあるからです。
神様のチャンス、
「天の時」は一度きりです。
ぜひ、幸せになる勇気を…
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