衛門三郎の話から学ぶこと

永代先祖供養

四国にお住まいの方は、
より詳しくご存知であるとは思いますが
とても興味深く、考えさせられたので
お伝えしたいと思います☺️🙏

四国に、
四国霊場(四国88か所巡礼)というのが
あるそうです。

そのお遍路で有名な伝説上の人物、
衛門三郎という人の話です。

豪農で欲深く、民の人望も薄い
人物であったそうです。

あるとき、門前に
托鉢に訪れた僧が現れます。

何度追い返しても毎日訪れ、
8日目に三郎は怒って、
僧の鉢をたたき落とし、
鉢は8つに割れてしまいます。

そして僧は姿を消します。
その時から不幸がはじまります。

8人いた子が、毎年1人ずつ亡くなり
8年目には、皆亡くなってしまうのです。

そして、あの時訪れた僧が
「弘法大師 空海」であったことを
悟ります。

その時三郎は、
とんでもないことをしたと後悔し、
大師を追い求めて
四国巡礼の旅にでるのですが

どうしても会えず、巡礼の途中
病に倒れた時に空海に出逢います。

改心と共に、次に生まれ変わるなら、
人の役に立ちたいと託して息を引き取ります。


この内容に触れた時、
天の徳縁というのは…と
私なりに深く考えさせられました🙏

まさに現代でも同じように、
自身の中に、映し出される
部分ではないかと思うのです。

与える心を知らず、
我利我利から生まれた因は
業となり積まれていくのです。

どんな形であっても、
清算するようになっているのです。

大切なものを失って、
気付くものなのかもしれませんが

早く気付くというのは、
大切なものを守ることに繋がります。

何気なく見えることの中に、
真実というのは
潜んでいるのかもしれません。

托鉢(たくはつ)は、語源からすれば
物乞いの認識ではありますが

私達が徳を積む、
徳を受けとることのできる機会を
与えて下さるものともいえます。

托鉢が減った現代であるなら、
そういう意味では寄付なども
思いやり、助け合いの心と陰徳に
繋がるのだと思います。

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先に与える思想が豊かさを作る
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ないから出せないという人は
あっても出せません。

なくても出せる人の、与える先出しの心が
福を呼ぶのだなと思います。

ないからこそ与えれる😌
私自身も、そんな心と実践を生活の中で
習慣にしていきます。

最後に重要なこと。

時が過ぎれば、どんなに追いかけても
時が戻ることはないように

ご先祖様の”徳縁”、天の”徳縁”も
過ぎれば、戻ることはないのです。

神様は待つ側であって、
訪ねていくのはいつの時も
私達人間です。

”本物の神仏に繋がる御縁”の門を
自ら閉ざすことがないように願います😇🙏

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